縦位置シフト撮影 やりすぎにご注意
建築写真には必需品であるティルト・シフトレンズ、CanonのTS-E、ニコンではPC-Eニッコール。特にTS-Eでは17mmの超広角レンズもあるので、かなりの「寄り」ができることは使っている人は当然ながら、持ってない方でもなんとなく理解はいただけるでしょう。
私が17mmを買ったのは昨年で、それまでは24mmで対応してました。24mmレンズで12mmのシフト(旧型は11mm)があればほぼそれで満足できる(17mmが本当に必要とされるのはインテリア撮影です)のですが、17mmでシフトができるとなるとついオーバーパースをつけてしまうことには注意が必要です。
右の写真は11階建て(高さは31mぎりぎりでしょう)のマンションを45度近く振った方向から撮った写真です。あまり良い向きではないですが、前方に寄れる駐車場の位置関係からこんな角度になりました。
TS-E24mmで少々シフトをかけていることは水平線の位置でおわかりでしょう。撮影距離(約37m)は十分にあります。
しかし手前の電線がどうしようもないほど被っていますね。こんなときに便利なのがシフトレンズで、もっと寄ってシフトをかければ、電線が画面に入らなくすることができます。
そこで前の写真の赤丸ポイントまで前進して、一層シフトをかけたものがこれです。電線が入らなくなりましたが、建物のスカイラインのパースがきつくなって、ちょっと違和感を感じるようになったと思います。
すでに図学上は破たんしているのですが、詳しい説明はのちほどするとして、もう一歩前に出て17mmで撮ってみましょう。
この現場では余裕がありますが、どうしても引きがないときにTS-E17mmレンズを持っているとついやってしまう撮影です。
17mmのフルシフトでぎりぎり写せる場所まで前進しました(前の写真の青丸ポイント 撮影距離は約20m)。
どうでしょうか。これ一枚だと気にならないかもしれませんが、上の写真も見せられれば手前の角がそそり立っているのが不自然極まりないはずです。上辺の成す角度が鋭角(90度未満)になってしまっています。
下のような箱状のものをいろいろな角度で見れば、実際の直角が絵や写真の上で鈍角になることはあっても鋭角に見えることはありえないことがおわかりいただけるでしょう。それが超広角レンズでは鋭角に写ることもあるのです。
私がデザインを学んだ学校では、写真の授業に加え、建築パースの授業もあったのですが、建築パースは、写真を撮る場合とは逆に、自ら任意に消失点を設定して描くものですから、「手前の上辺の角度が少なくとも90度以下になるように消失点を設定しなさい」と言われたものです。両方の消失点とも紙の中に設定するとかなりきついパースになってしまいます。下の図のように製図板(画板)の左右にかなりの余裕がないと描けない面倒な課題でした。(いまやパースも画面上で行われる時代。こんな苦労はないでしょう)
ほとんどの建築パースが2点透視図で描かれるのは、これにもう一つの消失点(建築の場合は天頂の消失点)を加えた3点透視図にすると作成が大変なこともありますが、それよりも「垂直なものが垂直になっているほうが自然に見える」という大事な要素があるためです。
撮った実例のような細長いビルの場合、ともすると3枚目写真のような「自然に見えない」ものになってしまいます。この場合、垂直は出ているのですが、それに注力するあまり、上辺が大変なことになってしまいました。
竣工写真の場合「迫力があるでしょ」と、こんな写真を提示したら、建築家からは「こんな尖がったビルを設計した覚えはない」と突っ返されるのがオチです。以前に建築パース事務所のサイトかブログで読んだのですが、施主側はオーバー目のパースを好む傾向があり、設計側は自然なパースを好むそうです。
17mmもの広角でシフトもできるのでそれに甘んじていると逆に変な写真ができてしまいます。もちろんそこを狙ったアート性の高い写真もありますが「この建築はこういう形状ですよ」と説明のために使うのであればそれは許されません。
それじゃ、今回のような引きがない場合はどうするか?左に移動して正対に近い位置から写すことで違和感を軽減する方法がいいでしょうね。それでも細かい部分(各部屋のエアコン室外機など)では著しい変形がありますが、この辺は目をつぶりましょう。
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コメント
はじめまして。写真素人です。シフトレンズで撮影した建築写真の中に、壁は垂直なのに上が広がって見えるものがあり、昔から不思議に思っていました。先端が鋭角だからなのですね。長い間の謎が解けてやっとすっきりしました。これからpc-e nikkor 24mmで建築を撮影する予定ですので、注意したいと思います。ありがとうございます。
投稿: 誠 | 2020年11月 7日 (土) 13時39分
誠さん
はじめまして。
当ブログ、更新がされないこと甚だしいのですが、それでもTS-Eレンズ、PC-E NIKKORレンズ使いの皆様には参考になるようで、ありがたいことです。
PC-E NIKKOR24mmをお使いのようですが、非常に奥深いレンズですので、色々苦労して、それを楽しんでみてください。
投稿: seimas | 2020年11月 8日 (日) 21時41分
カメラ素人です。アドバイスありがとうございます。数年前から拝読していました。参考になることが沢山あり感謝しています。ところでマネのフォリー・ベルジェールのバーという絵があるのですが、鏡の正面から描いているように見えますが、右に女性と話し相手の男性がずれています。これは大判カメラで横にシフトして撮影した写真を意識していると思っているのですが、どう思われますか?
投稿: 誠 | 2020年11月 9日 (月) 06時39分
名画「フォリー・ベルジェールのバー」についてのご質問がくるとは思ってもいませんでした。
「横にシフトして撮影した写真を意識している」という着眼点は素晴らしいと思います。少なくとも「芸術写真」というものが19世紀半ばには定着していますので、特にそれが盛んなパリで活躍していたマネにとっては「写真機で捉える芸術性」というものを意識しないことはないと思われます。
Wikipediaにも解説がある通り、この紳士はバーメイドと正対しておらず(鏡に映ったバーメイドの正面は若干紳士とずらしています)、「背中姿が描かれていない紳士の視線の先にいるのは、左から二人目のひときわ目立つ白い服の女性、すなわち、メリー・ローランである。」という解釈だそうですから、ぱっと見はバーメイドと会話しているようなこの構図を考えたマネが「邪魔な要素を画面からはずす」ためアオリ写真からヒントを得たのかもしれませんね。
ただ、当時すでに写真機にアオリ機能があったかどうかは詳しくないためわかりません。
投稿: seimas | 2020年11月 9日 (月) 13時38分
ありがとうございます。1888年にザ・コダックが出てからの 1925年のライカに至る小型カメラの名機は本で確認出きるのですが、シフトが出来る大判カメラの歴史はよく分かりません。1882年にサロン出品の『フォリー・ベルジェールのバー』の頃には、ナダールなどの写真家と印象派つながりで親交があったマネには多分カメラのシフトという概念があったのではないかと想像しています。ニコンpc-e24mmで試しましたが、やはりマネと同じような写真が撮れますね。これで建物を撮るときは先端鈍角を目安にすれば自然な建築写真になるのですね。
投稿: 誠 | 2020年11月10日 (火) 22時05分
絵画、写真機の歴史に造詣がおありのようですからご判断は正しいかと。
それにしても、芸術的な「構図」を考える上でカメラの役割は大きいですね。
以前、コミックを描かれる方がパースの考察で、水平線が画面中央になければ必ず上すぼまりか下すぼまりかにしなければならないかと悩んでいる時に当ブログを見て、「なんだ、そもそもカメラでパースを調整できるんじゃないか」と分かり悩まなくなったとお話をいただきました。(まあ、それ以前に「トリミング」という概念もあるわけですから)
投稿: | 2020年11月11日 (水) 11時19分
ありがとうございます。写真ド素人です。絵画はたまたま展覧会のポスターを見てそう思っただけです。pc-eレンズも入手したばかりです。一眼レフからミラーレス一眼にしてから、センサー画像が見えるので素人には超難関だったts,pcレンズにも挑戦しようと思いました。御HPのts,pcレンズの記事は素人にも丁寧で分かりやすく説明されていましたので、購入の動機となりました。今、パース病みたいなのにかかってしまい、パースのついた建築写真に手を入れないと落ち着いて見てられません。rawならアドビのライトルームupright、jpgならフォトショップの遠近法ですが、周囲を削るのが勿体ないですね。結局24mmシフトレンズも17mmぐらいのイメージサークルの周囲を削ってますね。
投稿: 誠 | 2020年11月11日 (水) 16時55分
> 一眼レフからミラーレス一眼にしてから、センサー画像が見えるので素人には超難関だったts,pcレンズにも挑戦しようと思いました
ミラーレスになってティルトシフト撮影も随分と楽になったはずです(私はまだ2世代前の5DIIIなのですが)。キャノンの新マウントRFではAFのTSレンズが出るとの噂もチラホラ。非常に楽しみです。
> パースのついた建築写真に手を入れないと落ち着いて見てられません。
ハハハ。分かります。私もTSレンズを持って行かなかった現場で仕方なく広めに撮ってパース補正をすることがよくあります。「周囲を削るのは勿体ない」のですが、やはり納品物は「こうあるべき」という写真にしないとならないのです。
投稿: | 2020年11月11日 (水) 17時27分